2020/04/23 15:02
鹿嶋パラダイスを初めて知ったのは、数年前の新政特約店全国大会。
日本酒の最先端をある意味独走している新政だけあって、試飲酒のラインナップに社長の佐藤さんのグランドデザインはこれまで参加したどの特約店会よりも刺激的であったことを記憶している。
そんな中、杜氏(酒造りの長)から農業事業部立上げに移動した古関さんの講演が始まる。
古関さんといえば、佐藤さんが蔵に戻りクレイジーな程の改革を推し進めた時の右腕として業界ではとても有名な方で、奇才である佐藤さんの頭の中を古関さんが現場で形にしているのであろうというイメージを持っていた。言うならば酒造りの絶対的パートナーとして。
にもかかわらず、その古関さんを農業事業立ち上げとして鵜養という限界集落に送り込むという判断が、その瞬間には理解出来なかった。
先にお伝えすると、鵜養での農業事業は古関さん以外には成し得なかったことであり、将来的には酒造り(製法)を超えて新政のアイデンティティとなるような素晴らしい事業として進められている。新政農業に関してはまた改めて。
古関さんのお話はこれから始める新政農業についての展望と意気込みだったように覚えがあるが、そんな中で最も印象に残ったのが「鹿嶋パラダイスという自然農法を行う、とんでもなく素晴らしい農業事業者がいる」というフレーズ(記憶内)だった。
「パラダイス???」その場でググりサイトを見てみたが、クラフトビール製造元ということしかわからず、またビールのラベルに描かれる女性がパラダイスの謎めきを一段と演出しており、全く理解が出来ずにいた。
講演が終わり懇親会となった瞬間、僕は古関さんに突撃し「鹿嶋パラダイスって何ですか???」尋ねた。
そこでわかったのは、「無農薬無施肥の自然農法でつくられた野菜が滅茶苦茶美味い」ということ。
すぐ後に僕も体験するのだが、自然農法というイメージからくる感覚的な美味しさではなく、これまで味わったことのない直感的な野菜の旨さに心底感動させられると。
新政が自社田栽培を始めるにあたり「無農薬であるが故の旨さ」があるなら無農薬という方法を選択する意味がある、鹿嶋パラダイスと出会って農業の向かう先がはっきりしたというような話だった。
その瞬間、世界で最も会いたいのは「鹿嶋パラダイスの人」となった。
羽田空港から鹿島神宮まで高速バスで向かう中、スマホを覗いていると「KASHIMA PARADISE」という1972年に制作されたフランス制作ドキュメンタリー映画を知る。
高度経済成長真っ只中の日本、鹿島は臨海工業地帯として農村は工業地帯に浸食され、農民は農地を手放し工場労働者へと変貌していく。その様を「鹿島は資本主義のパラダイスだ」との文言で締められているという。
鹿島神宮に到着し日比谷店からやってきたスタッフと共に鹿嶋パラダイス(以後、カシパラ)へ。
ビール製造所、ビアバー、カフェレストラン、そしてビール以外にも味噌や唐辛子などの加工品の販売しているショップと、コンパクトな2階建の箱にキュキュっと詰まっている。
代表の唐澤さんとお会いする前に、2階でランチを食す。
そう、そこで早速体験するのであった。「これまで味わったことのない直感的な野菜の旨さ」を。
注文したのはピザプレート。ピザにたっぷりトッピングしてある葉物サラダ、添えられてある野菜のお惣菜にアドレナリンが溢れ出す。「これかーーー」もはや博多から鹿嶋まで来た意味は成した。
初めてお会いする唐澤さんは知的な獣感漂う「エナジーの塊」のような方だった。
「どうもどうも、初めまして。どうでした、野菜。」
「滅茶苦茶旨くて感動しました。初めての感覚・・・」
「そうですよね。野菜って旨いんですよ、本来は」
この「本来は」というところに全てがある。
唐澤さんはもともと商社に勤め、大手チェーン飲食店などにドカンと野菜を卸す仕事をしていた。なので、農業の現場の苦しさ難しさを嫌というほど実感しており、「死んでも農業はしたく無い」と考えていた。
しかしなぜ、自然農法のような一般的農法よりもはるかにリスクの高い世界に飛び込んだのか。
奇跡のりんごで有名な木村さんとの出会いである。「もうね、ある時その感動を知っちゃったわけですよ。野菜ってこんなに旨いのかと。知っちゃたらね、その時売っていた野菜を売れなくって。絶対やるもんかと思っていた農業にまさか、のめり込んじゃったんです」
カシパラは「無農薬」「無施肥」にて「在来種、固定種」の野菜を栽培する。
一般的には、育てやすさや収量を最優先に品種改良が行われ、それに合わせた薬品や農薬が開発されている。そして、農業保険という台風などの災害時に対してかけられる保険には、県など自治体の指定品種=品種改良されたものの栽培地しか入ることが出来ない。
ということは、「在来種、固定種」で農業を事業とするということは、タイトロープを渡るようなとてつもなくリスクの大きいことなのである。
「育てやすさ」「収量」それは時代によっては最優先されるべきことであったのは確かなことだと思う。しかし、フードロスが大きな問題となっている今、目指すべきところは他にあるのでは無いだろうか。
カシパラで僕は知ったのである、真実を。農薬も肥料も無し、昔からある種の野菜は「感動するほど旨い」。
世の中がこれから目指すべき方向は、「取り戻す」ことである。
現在新型コロナウィルスによって世界中が苦しみ耐えている日が続き、これが明ける日が来るのかもわからない。しかし、明ける日から世界は本来の姿を「取り戻そうとする」と僕は確信している。
先に紹介したドキュメンタリーのKASHIMA PARADISEが描いた高度成長期における資本主義の浸食は、今現在も陸繋がりでいる。この新型コロナウィルスがもしもこの「浸食」を止める起点にあるならば、現在苦しんである大多数の方々の耐えが世界を「取り戻す」方向へのとてつもなく大きなエネルギーとなるが、その後また更に浸食を許すのであれば・・・。一人一人の意識の選択が正に問われている。
二階のレストランで一時間ほどお話を伺った後、念願の畑を見学させてもらった。
初めて見る自然農法の畑は、想像を超えて「自然」だった。
「始めたばかりの頃は、ちゃんと育つ畑もあれば全く育たない畑もあって、手当たり次第やっていたけど、どんどん農地を広げていくにつれて、ひと目見ると育つ場かどうか分かりようになりましたよ」
雑草の生え方や環境を見て判断されるそうだ。
ちなみに、日本という国は「稲作専用」に出来ていると言っても過言では無い。こんな小さな島国で2000年以上存え続けているのは「稲作」と「海」があってこそ。農業の中でも最も簡単(というと語弊があるが)なのは米作りだという。そして、米作りと野菜作り、それぞれに適した土壌の性質は相反するというのが面白く難しい。
なので、「自然農法=旨い」というわけではなく「選ばれた地での自然農法=旨い」ということである。
畑を歩きながらその場でむしり分けてもらい、様々な野菜を食べさせてもらった。
雑草のように生えるルッコラを口にした瞬間、「土を喰らう、とはこのことかーーー」またもや脳天に旨さが突き刺さる。
その後も何度か伺いその都度畑で食べさせてもらっているが、人参や大根は鮮烈な香りと瑞瑞しい甘さに溢れ、ほうれん草やわさび菜は根から葉先まで御馳走。ルッコラやパクチーはエグさのかけらも無く、白ネギから滴るジュースは自然の恵みそのもの。
こればかりは文章で伝えようが無く、特に食に関わる全ての方には是非体験していただきたい。
「本当にね、何にもしてないんですよ。野菜は勝手に美味しくなってくれるのに、何で農薬や肥料を与えるのか、自然農法をやればやるほど不可解になっていくんです。」いつも唐澤さんは言う。
そして、ここから本題の「PARADISE BEER FACTORY」について。
カシパラの自然農法麦畑は北海道を除くと日本で最も広大な敷地であり、そこで育てた麦を委託して「麦芽」にし、ビールを仕込んでいる。
こう書くと簡単に聞こえるが、国産麦芽は輸入麦芽よりかなりコストが高く(カシパラでは輸入麦芽の3倍コスト)、ほとんどのビールメーカーがカナダなどから輸入された麦芽でビールを製造している(そこは決して否定しない)。
自社自然栽培麦100%使用のクラフトビールメーカー、といえば世界中でもカシパラだけでは無いだろうか。
さらに今回紹介する「弥栄楽園」というセゾンビールはビール酵母を添加せずに(!?)発酵させているというから驚き。
少し複雑になるが、カシパラでは自社自然栽培米を千葉にある寺田本家という超ナチュラルな酒造りでお馴染みの酒蔵に委託し「パラダイ酒」というこれ以上ないような自然体の酒を仕込んでいる。
「弥栄楽園」はこの「パラダイ酒」の酒粕を麦汁に投入し、酒粕に生き残る酵母を働かせアルコール発酵させている。この製法を思いついたのが奇跡ではないだろうか。
カシパラのバーで飲ませて頂いたのだが、喉を越したところ「え???何なに、何これ」と思わず声が出てしまった。「正真正銘ビールなのだが、ビールでない」のだ。
異端な味では無く、とても整った優等生ビールなのだが、知りうるビールとどこか違う。
二口三口と続け分かった。水のように「染み入る」のだ。
喉を経て胃におさまる前に、シンと身体に馴染む感覚。それは、素晴らしい日本酒を口にした時に感じるそれと同じ。「染み入る」としか言いようのない飲み心地。
栽培者の血が通うナチュラルな原料と鹿島神宮の御神水で仕込まれるこのビールには「和」の質感がある。
ビールという人類で最も古い異国の酒がそこに「和もの」として存在する。
未来を取り戻すBEERというタイトルの理由もご理解いただけたのではないだろうか。
もはやグローバルとローカルは同じ意味となっていく。
自分たちが何者かを知るために世界を知り、世界を知るために自分たちを知る。
ドキュメンタリーKASHIMA PARADISEが描いた資本主義に侵食される以前に戻ることは不可能だが、
未来を取り戻すことは出来るはずだ。
このビールがもつ圧倒的にオリジナルな「旨さ」がその未来への道を照らしている。
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